トップイメージ

【短編小説】神経衰弱

俺の靴のサイズっていくつだったっけ。

今持っている靴がそろそろ老いぼれてきたので、通販サイトで靴を探している。
履ければいいだろ、という感覚でいるのでいつも人に指摘されてから靴を探し始めている。 言われてみれば買った時よりも薄汚れてきた気がするし、よく見ると中敷きがズルズルになっている。 前に買ったのは1年前か、2年前か。概ねそのくらいなのできっとそろそろ買い時なのだろう。

そうして意気揚々とECサイトを開いて俺好みの茶色いスニーカーを見つけ出したのだが、ここで問題が発生した。

俺の足のサイズがわからない。

今履いているものは特に不便を感じていないので、一度はその数字を意識して靴を買ったはずである。
だが、忘れた。

家にある靴を確認しようにも、中敷きがものの見事に真っ黒にひしゃげているため文字が読めない。

25cmか、26cmだったような気がする。わざわざどこにしまったかも分からないメジャーを掘り出して靴を測定する気にはならない。 そもそも靴を縦にまっすぐ測ってサイズが正しく把握できるのかも自信がない。

サイトで探し出した靴は幸い25cmが売られている。まあそんな数センチの差で何かが劇的に変わるわけでもないだろう。

そう自分を励まして、エイヤと25cmのスニーカーを買った。

翌々日、頼んだ靴が届いた。

さっそく段ボールを開けて靴を履いてみる。 新品の靴を手に入れたとき特有の、部屋の中で靴を装備して歩き回る背徳感が俺はかなり好きだ。

ウン、まあ履けてるね。大丈夫そうだ。幸いにも今日は休日なので、一日こいつと一緒にお出かけでもしよう。

意気込みとともにルンルンと家を発った1時間後、左の靴下が真っ赤に染まっていた。

俗に言う靴擦れというやつか。俗じゃなかったら何て言うんだろう。
それはそれとして、サイズが合わなかったようだ。ふむ。買い物失敗。

しょうがないので俺はもう一度通販サイトを開く。

***

思い返せば俺の人生はこんなことばかりだった、と足の小指に絆創膏を貼りながら俺は思い耽る。

半年ほど前、友達が好きなマイナーアイドルがたまたま近所の市民会館的なところでイベントをやっていた。
よく分からんがサインがもらえるらしい。せっかくだから貰っていって、アイツにやろう。
アイツの推し(未だに「推し」という言葉を使うと少しむずむずする)はこの小さい女の子だったはずだったな。

......俺の家には知らんアイドルのサインが書かれたTシャツが誕生した。



職を得るための採用面接、面接官は三人。受ける側は俺一人。

はじめに恒例の1分ほどでの自己紹介。よし、今回も噛まずに言えたぞ。 向こうは左からタカヤマさん、マツシタさん、マツトウヤさん......ふむふむ、小さい頃には神様がいそうなお名前ですね。

つつがなく問答を終え、最後によくある「逆質問」のコーナーに入った。
あ〜、左のおっちゃんのキャリアの話もうちょっとよく聞きたいな。えっと、たしかお名前は......

「マツヤマさんに質問なのですが、......」



恋人にもいっぱい嫌な思いさせてしまった。

なんども年齢間違えるし、プレゼント用意してもそもそも誕生日がひと月違ったり、記念日系は何度聞いても覚えられない。
言い訳をさせてもらうと、だいたいは覚えていたのだ。だいたい25歳だと認識していたし、誕生日は夏で、且つ月の後半だということは合っていた。

あと、きちんと言っておくが、俺は忘れっぽいのではない。なぜなら自分にとって大事なこと、例えば暗証番号は一発で当たるし住民税の期日は逃したことがない。

つまるところ、興味の範囲が狭いんだろうな。特に他人に関することはよく間違えるので、まあ、そういうことなんだろう。

しかし、これが悪いことだとはあまり思っていない。 俺が間違えるのは、たとえ合っていたとしても少しポイントが上がるだけのものだ。 間違えてもその都度覚え直して、選び直して、忘れて、を繰り返していけばそれで済む話だ。
無論、相手に嫌な思いをさせてしまっていることは承知している。そこはきちんと申し訳なく思っている。

ただ、そういう細かいところで正解し続けられていると、複利効果的に信頼が積もり重なって人生がうまく行きやすいんだろうなあと思いはする。が、 いまさらに努力をしたところで彼らが積んできたそれには追いつけないのであろう。

***

翌日、段ボールが届いた。

まあ総合してよい人生だったと感じている。

段ボールを開ける。

自分なりにこの結末に納得ができているだけで、よい人生と呼ぶことができるだろう。

ロープを取り出す。

知り合いを少しでも悲しませてしまうのはつらいけど、まあ救われたのだと思ってほしい。

ロープを覆っているビニールの梱包を破く。

あれ?このロープ5mじゃなくて50cmじゃん。



しょうがないので俺は靴を買いなおした。

ツイート